
青山学院大学マルチリンガルライティング研究センター第2回講演会は,渡辺英雄先生(武蔵野大学)をお招きし,「選択体系機能言語学のジャンルを活用した英語ライティング指導・教材作成・評価」と題してご講演いただきました。
最初に,選択体系機能言語学 (Systemic Functional Linguistics,以下SFL)の基本概念について説明がありました。SFLはMichael Hallidayが提唱した言語理論で,functional grammar(機能文法)とも呼ばれています。「テクストとは意味で,意味は選択である」という考えのもと,言語体系だけではなく,言葉が使用される社会的文脈にも着目することが大きな特徴です。SFLでは,言語使用は,特定の文化的文脈 (contexts of culture)と状況的文脈 (context of situation)に基づいており,状況的文脈は,「言語活動領域(field)」「役割関係(tenor)」「伝達様式(mode)」の3要素から構成されます。Fieldは扱う話題やそのトピックの中での語句の選択,Tenorは人間関係に応じた文章表現の選択,Modeはコミュニケーションの方法や情報提示の構成の選択に関わるものです。私たちは,こうした選択を通して意味を構築し,テクストを産出し,意思疎通を行っています。 SFLのこうした考え方は,言語教育において,学習者が特定の文化的・社会的文脈の中で適切な言語使用を身につける機会を提供するものと認識されています。また,母語話者は文法的な誤りには比較的寛容であるが,語用論的な誤りには寛容ではない (Paltridge, 2022)ことが指摘されており,この点からもSFLを言語教育に導入する意義は大きいと考えられています。
次に,SFLにおけるジャンル (genre)について説明がありました。ライティングにおけるジャンルは,「目的」を持ち,意味を構築し産出する「段階」を経て行われる「社会的」な活動である(Martin, 2016)と考えられています。Humphrey and Feez (2024) が示すように,ライティングには様々なジャンルが存在し,それぞれ目的・文章構造・言語的特徴が異なりますが,本講演では,特に汎用性が高く,日本の教育環境においても馴染みのあるジャンルとして「語り文 (narrative)」,「描写文(description)」,「説明文 (exposition)」の3つが紹介されました。
最後に,ジャンル準拠ライティング指導と評価について説明がありました。ジャンル準拠ライティング指導は,「指導・学習背景の設定」,「モデル文の提示」,「共同的ライティング」,「自立的ライティング」の4段階から構成されます。しかし,近年の研究では,日本の英語学習環境におけるにおいては,特に,共同的ライティングと自立的ライティングの段階に課題がみられることがわかってきました (Watanabe, 2024)。このことは,学習者が文章構造や言語的特徴に関する知識を身につけたとしても,その知識を実際の「書く」行為に結びつけることは容易ではないことを意味し,ライティング指導の際はさらなる支援が必要であることを示唆しています。
講演会に出席された先生からは,「内容言語統合型学習 (CLIL)で理科や歴史のレポートを書く活動にもジャンルの考えは適用できるのか」や「教室活動の中で意味形成資源の選択肢を増やしていくための具体的な手法について,シドニーの言語教育ではどのような実践があるのか」などの質問が寄せられ,より実践的な視点での意見交換が行われました。渡辺先生のご講演は,多くの示唆と学びを得る大変有意義な機会となりました。
参考文献:
Humphrey, S. & Feez, S. (2024). Grammar and meaning (3rd ed.). Primary English Teaching Association Australia (PETAA).
Martin, J. R. (2016). One of three traditions: Genre, functional linguistics, and the ‘Sydney School’. In N. Artemeva & A. Freedman (Eds.), Genre studies around the globe: Beyond the three traditions (pp. 31–79). Trafford.
Paltridge, B. (2022). Discourse analysis (3rd ed.). Bloomsbury.
Watanabe, H. (2024). Adopting genre-based writing pedagogy in Japan: Challenges and possibilities from a teacher’s perspective.University of Sydney Journal in TESOL, 3, 87–98.
