第3回講演会実施報告

青山学院大学マルチリンガルライティング研究センター第3回講演会は,保田幸子先生(神戸大学)をお招きし,「理論と実践をつなぐL2ライティング指導 −マルチリンガルターンがもたらす新たな選択肢−」と題してご講演いただきました。本講演では,「二つ目の言語で書く力」とは何か,その力を育成するための指導法と評価法,さらに,従来のモノリンガル・モデルからマルチリンガル・モデルへの転換によって開かれる新たなL2ライティング教育の可能性についてお話しいただきました。

最初に,「二つ目の言語で書く力」とは何かが取り上げられました。L2ライティング能力は複数の「下位能力」から構成され,具体的には,L2言語形式に関する知識,修辞的知識,内容・トピックに関する知識,プロセスに関する知識,さらに,母語での作文能力など様々な知識や技能が含まれます。そして,L2で書けるようになるためには,こうした「下位能力」を育成する必要があることが紹介されました。

では,L2ライティング能力の育成には,どのような指導が必要になるのでしょうか。この問いに対して,保田先生は,L2ライティング教授法の歴史的変遷(Product Approach→Process Approach→Post-Process Approach)に着目し,実際のライティング・タスクを示しながら,それぞれの教授法の特徴を整理されました。ライティング活動を文法練習 (Writing as Grammar Practices)として捉えるのではなく,書くことを社会的行為 (Writing as Social Actions)として位置づけることの重要性が強調されました。その上で,学習者一人ひとりが自らの置かれた立場や状況を踏まえ,自分の意見や思考を発信できるようなタスクを設計することが不可欠であり,教師にはその工夫が求められることが示されました。ライティングの評価については,その目的と意義の観点から解説されました。学習者が何を理解し,何をまだ理解していないかを把握するための診断的評価,学習過程や進捗状況を把握し,その後の指導や学習改善につなげるための形成的評価,そして,学習成果や学習目標の達成度を評価する総括的評価があり,これらは第二言語学習を成功に導くため,あるいは第二言語習得を促進するために用いられるものであることが再確認されました。一方で,第二言語学習の成功を,母語話者レベルに「到達」できたかどうかという基準で捉えるのではなく,学習者の成長のプロセスと捉え,「発達(development)」という視点から評価の在り方を捉え直す必要があると指摘されました。

次に,L2ライティング能力の新しい考え方として,マルチリンガル・モデルが紹介されました。近年の第二言語習得研究では,L2学習者を母語話者と比較し,「何ができないか」「何が不足しているか」と捉えるモノリンガル・モデルから,複数言語を備えるL2学習者には「何ができるか」「何が強みか」に焦点を当てるマルチリンガル・モデルへとパラダイムシフトが進んでいます。マルチリンガル・モデルでは,多言語話者は複数の言語を個別に使い分けるのではなく,言語の境界を越え(translanguaging)ながら,多様な言語資源を柔軟に使用する (保田, 2024)と考えられています。L2ライティング教育においては,言語資源だけでなく,絵や写真,映像などの非言語資源にも着目し,学習者があらゆる意味形成資源を活用して,どのように意味を形成し,それを他者に伝えるのかを指導していくことの重要性が指摘されました。また,今後のL2ライティング教育では,学習者の主体性 (agency),創造性 (creativity),ヴォイス(voice)を重視した「書く力」の育成が不可欠になるとの見解が示されました。

講演会の出席者からは,「ヴォイスはどのように評価できるのか」や「中学校・高等学校の教育現場では制約も多く,果たしてどこまで実践できるのか」といった質問が寄せられ,より実践的な視点から意見交換が行われました。保田先生のご講演は,今後のL2ライティング教育を考える上で,多くの示唆と学びを得る大変有意義な機会となりました。

[参考文献]

保⽥幸⼦ (2024) 『書く⼒の発達:第⼆⾔語習得論と第⼆⾔語ライティング論の融合に向けて』 くろしお出版